あなたは何から逃げたいか?

誰もが逃げたいもの1個くらいあるでしょ?

罪をおかして人に追われるような映画。

わけあって顔見知りのいない土地で新たな生活を始めるような映画。

出会った男女が惹かれ合いかけおちするような映画。

家や学校といった自分が属する狭い社会に嫌気がさした少年、少女が家出するような映画。

そんな逃避行をテーマにした映画が好きなわたしは「逃避行」や「逃亡」、「かけおち」、「家出」に対しての憧れが強くいつも妄想を繰り返しています。

逃避行には幅広いパターンがあって、考えれば考えるほどいろいろなシチュエーションが出てきます。

めちゃくちゃドラマチックなものがあればなりふり構わず逃げ回るようなのものもあったり、一世一代の命がけみたいな逃亡劇もあるけどごくごく日常的な寄り道のような逃避も考えられます。

何かから逃げさえすればそれはもう逃避行と呼べるんですね。

それにしても生きていると嫌なことや面倒なことばかりって思う瞬間があります。

これは大きい小さいはあるけれど誰もが絶対に持っている感覚なのではないでしょうか。

人生が充実している人だったり大好きな人たちに囲まれて幸せに暮らしている人なんかでも、ふと何かから逃げたいと思う瞬間はあるはずです。

充実や幸福に対して退屈を感じてしまい一時的にそこから抜け出してみたいという願望がぽつりと湧き上がってきたなんて人もいるかもしれません。

あなたが逃げたいものって何ですか?

逃げたいものって誰にでもある

逃げたい対象はきっと人によって全然違うだろうし、わたしが想像もしていないようなものを挙げる人もきっと多いかと思います。

よく思うのは、いろんな人の逃げたい対象を聞いてまわってみたい。

「あなたが逃げたいものって何ですか?」。

それを聞けば趣味なんかを聞くよりも相手の人となりや現状がわかるような気がするし、逃げたい理由がなぜなのかを知りたくなって相手に興味を持てるような気がしませんか?

こっちが予測していないような度肝を抜かれる返答をする可能性も秘めていてちょっとしたスリルを味わうことができますよ。

もちろん中には「何から逃げたい?」って聞かれてもすぐには答えられない人も少なくはないと思います。

逃げたいものが思いつかないってことは今の生活にそれほど不満がないってことなのでしょうか。

そんな人にも「本当にない?しいて言えば?」と突っかかりグイグイ問い詰めてみたい気持ちもあります。

生活が充実していて幸せに暮らしている人に、あえて不満に気付かせるようなことをするのは罪悪感もありますが。

だって逃げたい願望が皆無という人にとって、自分の書いているこのサイトはまったくもって無価値ということなんですもの。

逃げたいものがないという人がこのページを読んでいることってほとんどないと思いますが、もしも偶然であれあなたのが逃げたいものがないのにこのサイトに興味を持っているという変わったタイプの人ならばこう言いたい。

きっとあなたにもあるはずですよ、逃げたいものが。

今はまだそれに気づいていないだけ。

このように無理やりにでも逃げたい対象を見つけてもらうことで、それから逃避したい願望を湧き出してもらいたい。

そしてその逃避行を妄想するためのおかずとして、またそのおかずを探すための情報収集としてこのサイトを見てもらいたい。

というのがわたしが密かに狙っている逃避行フリークの拡大計画だ。

これを表面的には言わずして自然に実行していくのが理想だったんですけど。

対象はなんでもいい

逃げたい対象が思い浮かばないという人に声高にアドバイスしたいのは、「どんな小さなものでもいい」という点と「逃げたいことは悪いことではない」という点です。

そもそも「逃げたいものはありますか?」という質問に「ない」と答える人の多くは、逃避行を重々しく考えすぎている節があります。(言い切ってるけど憶測)

そういう人は自分を恨み追いかけてくる人だったりストーカーみたいに付きまとってくる人など、「追っ手」のような人物をイメージしている場合があるかもしれません。

もしくは莫大な借金だったり歪んだ人間関係、責任重大で緊張感のある任務といった明確に気が重いものをイメージしているのではないでしょうか。

当然それが大きければ大きいほど逃避行にやりがいは出てくるのですが、大きな逃避対象をいきなり作れと言われても難しいと思います。

実際に逃避行するわけではなく逃避行を妄想するだけなので、逃げたいものは本当に何でもいいと思うんです。

面倒な飲み会や気まずい親戚関係の席とか、そんなんでもいいんじゃないでしょうか。

逃げたい対象がしょぼいとそこまで妄想が膨らまない、またはそれから大袈裟に逃げている想像上の自分がバカバカしいという意見もあるかもしれません。

あとはそんな小さなもの嫌なことから逃げようとしている自分が情けないという考えも出てくるかもしれません。

でも重要なのは逃げたいものがある事実だけなので、逃げたいものが大きいとか小さいとかはこの際頑張って忘れましょう。

逃げたいという確かな感覚。

これは妄想の起爆剤の役割です。

あとはもうなんもかも勝手にイメージすればいいのです。

なんか宗教みたいになってきたのでこの辺でお暇します。

過去に経験がある逃避行のプロが語れば説得力もあるんですが、自分は想像で楽しむだけの逃避行愛好家です。

そこだけはくれぐれもしっかり区別して今後も適当に付き合ってください。