川治温泉逃避行vol.3(2022/7)
質素で簡素なシングルルーム
この日から4泊したのは鬼怒川のホテルの部屋とは大違い、なかなか逃亡者的と言えるような部屋だった。
「浮足立ってなくていいじゃん」
そう思いそんな質素&簡素な空間にすぐに愛着が湧いてきた。
身を隠すという言葉がばっちり当てはまるような日当たりも眺望も良くはないシングルルーム。
ただそこにいるだけで逃亡ムードが高まっちゃうような、そんな変なパワーを持った部屋だった。
そんな部屋の中でのんびりと本を読んだりネットをしたり、それに飽きれば温泉に入ってだらだらしたり。
身体も脳もとろけそうな時間を過ごしたわけだけど、 正直な話、それからチェックアウトの日までの数日間ほとんど同じような時間を過ごしていた。
繰り返すタイムスケジュール
毎朝、目覚めるとまず露天風呂に行った。
早朝は人がいる可能性が高いと考えて、その日帰る人は入っていないであろう時間、要するにホテルが定めたチャックアウト時間の寸前を狙って行く。
そうすれば連泊するお客さんしかいないことになり空いている可能性が高い。
そんなふうにあまり人がいない時を見計らって露天風呂に入っていた。
風呂から出ればロビーにある機械で無料のアイスコーヒーを飲む。
ただのドリンクバーなんだけど「風呂上り」と「無料」という2つの強力な隠し味のせいか、飲むたびにうずくまりそうになるくらい、うなりそうになるくらい美味しく感じる。
それから部屋に戻り何か食べたり本を読んだりベッドでごろごろしたりして過ごす。
ホテルには大浴場と露天風呂の2か所のお風呂があったんだけど、昼からは大浴場の方へ。
清掃が終わりたての大浴場にて、今日起きてから特に何もしていないくせに一丁前に身体を伸ばして「あぁ~」と息を漏らす。
その後もネットしたり昼寝したり、思い立って川沿いを散歩したりして日が暮れるとまた温泉に入る。
そんな同じような日をただただ繰り返していただけ。
退屈な旅の途中に
なんか変わったことなんてあったっけ?
ハプニングと言えばふらっと外に散歩へ出かけてホテルの横の公園にある足湯に入っていた時だ。
ズボンの裾をまくってる膝の部分がなんだかこそばゆいと思って目をやるとそこにはハチがとまっていた。
今まで生きてきた経験上、ハチなんて生き物はこちらが刺激しなければいずれどこかへ飛んでいくだろうから慌てて手で払ったりする必要はない、そう思っていた。
またその時足湯には自分以外にも人がいたので誰かに危害が及んではいけない、なんてことを考えながら足を湯につけながら膝部分に止まっているハチを眺めていた。
すると驚いたことにそのハチはまるで蚊が血を吸う時のように尻の針をゆっくりとわたしの肌にぷすっと刺し込んできたのだった。
ハチの生態について詳しくは知らない。
だけど人間が刺激しなければ何もしてこないと自分は思い込んでいたので、目を疑うような光景だった。
信じていたものに裏切られたような感覚に呆然としてしまって、刺されている様子をしばらく眺めていたけどすぐに我に返った自分は急いで手で払おうとした。
しかし獲物に食らいつく獣みたいになかなか離れようとしないハチ。
むやみに乱暴に手で払い落としたりしてもしも他の人が襲われたらどうしよう。
そう頭によぎったわたしは膝をハチにしっかりと刺されながら、そのハチを運ぶようにそのまま場所を移動するという思い返せば異常な行動に出た。
少し離れた場所で急いでハチを指で弾き飛ばしたわたしは、一目散にホテルに戻りスマホでハチに刺された時の対処法を調べた。
ホテルのロビーには製氷機があってその機械の脇にはビニール袋がかけてある。
まさにこれはハチに刺された人のためにあるんじゃないかとさえ思いながらその氷で患部を冷やしていた。
とんだ災難で半ベソではあったけど「なかなか田舎らしいハプニングだよな」と氷袋を揉みながらのんびりと考えた。
何よりも同じような日を繰り返していた自分にとってはこの旅行の単調さに刺激を与えてくれたことは否定できない。
なのでそれほどあのハチを憎んではいないのです。
「ハチのように刺す」ってのは聞いたことあるけどハチの中には「蚊のように刺す」やつもいるんだと学んだ。
今回の旅の反省点
ちょっと待てよな、自分。
逃亡者になるためには滞在しなくちゃいけない、滞在こそ重要なポイントだ、とかなんとか言って時間とお金(自分にしては)をたっぷり使っての鬼怒川と川治に5泊6日。
いったい何をやっていたのだろう。
逃亡者になりきりヒリついた時間を過ごすなどという本来の目的はだいぶ序盤から忘れちまって、蓋を開けてみればゆるんゆるんの体たらく。
ヒリヒリの緊張感なんてあったもんじゃない。
あれは川治温泉2日目だったでしょうか。
大浴場の脱衣所にて。
泊まっていたホテルの大浴場は高層階にあり脱衣所の大きな窓からは温泉街が見渡せるようになっているんだけど、山道を走っているパトカーを見かけたことがあった。
妄想で逃避行をやっている人間にとってこんなでかいチャンスってめったに訪れないものです。
「なんでこんなところにパトカーが!?」とか「もしや自分の目撃情報を聞きつけて・・・」とかめちゃくちゃスリリングに妄想を掻き立てる絶好のチャンスのはずなんですけど。
温泉からあがったばかりでのぼせ気味だった自分はその山道のパトカーを脱衣所からぼんやりと見下ろしながらスルーしてしまったのです。
「今はいいや、ちょっと逃亡は休憩」とか思って。
思えばあれこそが今回の妄想逃避旅行で最大の山場だったように感じています。
実際に逃亡している人間とは違ってしょせんは妄想なのでどうしても甘えが出てしまうのでしょうか。
気分次第で都合よく設定から抜けてしまう自分がいます。
今回も悔いの残る旅となってしまいました。
もしかして自分には逃亡者の才能がまるっきりないのかと疑ってしまいますよ。
本当にお恥ずかしいかぎり。
でもまぁ緊張感こそまるでなかったけど、狭い室内にガンごもりしてただ時間が過ぎるように何かを待つあの感覚、あれはなかなか逃亡者的であったのでは?と今となっては思います。
そう無理やり自分をフォローしながら今後も妄想逃避旅行を続けていこうと考えております。
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